
私、桑本 夕間は駅前で待ち合わせをしていた。
待ち合わせ相手は佐ノ木 優。紫屋ノ嵜異次元生物テクノロジー研究室の構成員であり、寧日研究室支部がバラバラになってしまった瞬間を目撃した人物でもある。
今回彼を呼んだ理由は、あの日あの場にいた人の意見が寧日研究室支部の仲を改善できると考えたからだ。しかし、これは全くの勘であり、確証はなかった。
だが、寧日研究室支部を元通りにするためには何でもしたかった。私はこのまま夏が終わってしまうことがどうしても解せなかったのだ。
そうこう考えているうちに彼が到着した。
「おっ、桑本さんだ。久しぶりだな。」
「こんにちは。本日はお時間をいただきありがとうございます。」
「そんな改まらなくても大丈夫だが。あー、でも日差しは大丈夫じゃないな。」
確かに今日は暑い。ニュースでも今日の気温のことは、そこそこ大きく取り上げられていた。なぜ待ち合わせに今日という日を選んでしまったのか。後悔する私に彼が声を掛ける。
「アイス食わないか。」
彼が指差す先には、アイスクリームの出店。当然今の私たちには抗うすべもない。
気が付くと数人ほどの列に私たちは並んでいた。前の人が一歩進んだら、私たちも一歩進む。それを繰り返していると、遂に私たちは最前に辿り着いた。佐ノ木さんが先手を打つ。
「アイス一つ、カップで。」
「あ、私はコーンで。」
買った。買ってしまった。
ベンチに腰かけてそれを見ると、陽の光を浴びて輪郭が輝いていた。青いブルーベリーのアイスに、サクランボ。そして、その二つを押しのけて入道雲のようなソフトクリームが聳え立っている。
「ああ冷たい。蘇るな、コレ。」
ここも先手を打ったのは彼。私も負けじとアイスクリームを齧る。
なるほど。
口どけのいいソフトクリームが、ゴツゴツとしたブルーベリーのアイスを優しく包んでくれる。そして、広がる白色と深い青色の視覚情報が、雲と青空を想起させた。
サクランボは、茎も種もついていて、完全に見た目重視だ。だが、その不便さが幼き頃の夏の思い出を叩き起すので、私は嫌いではない。
それに、私はゴミを入れるための袋とティッシュを常備している。そう考えながら、遠くで種を路上に吐き捨てる輩を心の中で冷笑しておいた。
「それで、今日は仲たがいの話だろ。まあ、大変な感じだったな。」
佐ノ木が私の意識を本題に戻す。
「今日はなんで当事者を呼ばなかったんだ?」
「すみません、今気まずい感じなので。」
「そうだったのか——お、居たぞ。当事者。」
当事者。その言葉を聞いて、私は辺りを見渡す。
見つけた。犬を散歩中の銅研究員だ。
彼は幸いにも強い敵対心は持っていない。私は安心して、彼に話しかける。
「銅、支部長の様子はいい感じか?」
銅が返答する。
「いや、今日もブチ切れてるぜ。」
「こんにちは、銅さん。オレは佐ノ木だ。ちょっとワンちゃんを見せてもらってもいいか。」
佐ノ木さんは、紫屋ノ嵜異次元生物テクノロジー研究室でロボット開発をしている。おそらくは、それの為に関節の部分を観察したいのだろう。彼はドラゴンを再現したいらしく、私はその試作品に助けられたこともある。
「うおあ、可愛い。撫でてもいいか?」
彼が熱心に撫でているところを見ると、普通に可愛がりたいだけの様だった。最早犬以外のことをすべて忘れて没頭しているかもしれない彼に銅が話しかける。
「アイスめっちゃ溶けてるぜ。」
佐ノ木さんは不意を突かれた様に驚く。彼の左手を見ると、溶けていない部分がもう少ししか残っていないアイスクリームがあった。正直私も彼のアイスクリームのことは忘れていたし、もう食べ終わっていると思っていた。
「やば。でも、まだ少し溶けてないとこは残ってるな。セーフ。」
もう少ししか残っていない。もしくは、まだ少し残っている。
寧日研究室支部の夏だって、同じだ。私は皆と夏を楽しみたい。満喫したい。たとえそれが、残り数日だったとしても。
私はベンチから立ち上がった。
「佐ノ木さん、ありがとうございます。あなたと話していたら少し落ち着いてきました。」
「おお、それは良かった。」
「私、寧日研究室支部の空気、換えてきます。」
私は頭の中で予行練習をしながら、寧日研究室支部へと歩いた。この作戦が成功するかは分からない。しかし、左手にかかる重みが私に安心感を与えた。
到着すると、もう既に火点し頃だった。
私は、寧日研究室支部の扉を開けた。
中に入ると、とても気まずい感じだ。私は思わずくしゃみをする。まるでエアコンにスパイスが仕込まれているかのように息苦しい。
作業部屋に入ると、汀支部長と銀嶺研究員が居た。しかし、お互い全く会話をしていない。
私は勇気を振り絞り、椅子に腰かけて作業をする支部長に話しかける。私は支部長の背中に向けて左手を差し出す。
「アイスクリーム、買ってきましたよ。支部長。」
少し間の後、支部長の椅子が物凄い速さで回転し、支部長の手が私からアイスクリームをひったくった。
「え!?桑本4コも買ってくれたの!?」
「いえ、寧日研究室支部、全員用です。」
支部長は裏切られたような顔を一瞬見せたが、直ぐにそれは疑問の意味を含んだものに変わった。
「なんで、全員に?」
「楽しみたいんです。夏を。」
「は?」
「夏は、もう終わります。でも、せめてこのアイスクリームを食べる時ぐらいは、寧日研究室支部全員で楽しんでもいいと思うんです。」
「桑本………」
「お願いします、支部長。みんなで食べましょう。」
支部長が微笑んだ。
「やっぱり、こういうときの桑本って熱いね。」
支部長が続ける。
「残りのアイスクリームは私が渡すよ。でも、ちょっと桑本も付き合って。銀嶺怖い。」
銀嶺研究員を見ると包丁を片手に持って立ち上がり、ただこちらを見ていた。確かに迫力はある。
そして、銀嶺研究員は私たちが近づくまでもなく距離を詰めてきた。包丁を持ったまま。
「汀、桑本。お前たちの話は聞いていた。私もそれに賛成だ。」
銀嶺研究員は私の方に歩みだす。
「そ、それは良………その、なんで包丁を?」
「だが、今日は生憎銅が居ない。アイスクリームは一旦冷蔵庫に仕舞うべきだ。それよりも、寧日研究室支部で協力をするならば、レポートの執筆をするべきだ。」
銀嶺研究員の目線の先には、生物資料の山。研究員同士で作業の分担が出来なかったので、纏めきれなかったものが大量にこの部屋に蓄積してしまった。
「あー、確かに。銀嶺、目の付け所がいいね!」
「やはり、異次元生物の情報を纏め上げるには、無気配生物の情報も必要不可欠だ。手を貸してくれ。」
「あ!こっちもそんな感じだったよ!」
支部長の視線が私に移った。
「桑本も笑ってないで手伝ってね!」
これは苦笑だ。結局、夏の最後はいつも忙しくなるもので、穏やかな寧日とはいかないようだった。
ちなみに、何故か銅は成り行きで数十人でキャンプに行っていた。どうやら、一番夏を楽しんでいたのは彼であったようだ。
桑本 夕間
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