
2026年▇月▇日、私は寧日研究室支部が崩壊する瞬間を目の当たりにした。
正直、納得出来るような出来ないような感じだ。普段から言い争いは絶えなかったが、コミュニケーションの範疇を出ていないと思っていたからだ。ある日研究室の冷蔵庫からプリンが消えても、支部長が一日暴れるだけでその後は何事もなかったようになる。当然、私たちが矛を収めるように言う必要もない。
そんな寧日研究室支部に戻って欲しい。戻って欲しかった。
しかし、この争いは激甚な夏の香りに取り込まれ、強烈な日差しのように過酷なものになっていった。
2026年▇月▇日、崩壊当日は紫屋ノ嵜異次元生物テクノロジー研究室から依頼を受け、トゲナシムラサキオンセンムシを輸送していた。輸送先は▇▇▇▇▇研究室支部。紫屋ノ嵜異次元生物テクノロジー研究室が外部組織であるため、私たちの協力が必要だったそうだ。寧日研究室支部の支部長、汀 小夜はこの話を受けた際はとても嫌がっていたが、巨額の依頼金を出すといわれた瞬間に承諾した。
紫屋ノ嵜異次元生物テクノロジー研究室に到着すると、私たちは専用の耐熱容器を渡された。今回扱う生物は湯に浸からせることが不可欠。これはそれの運搬に必要なものだ。▇▇▇▇▇研究室支部までの道のりは、紫屋ノ嵜異次元生物テクノロジー研究室の佐ノ木さんに運転してもらう。私たちの支部にも車を運転できる銅が居るが、当日はキャンプで研究室には居なかった。
佐ノ木さん、汀支部長、銀嶺研究員、そして私は車に乗り込んだ。重大な役目ではあるが、輸送の方法は簡単で、生物入りの耐熱容器の湯が冷めてきたらポットの湯を足し、温度が下がらないようにするだけだ。
見習いの私は当然、役割などはない。窓の外を眺め、可視生物、そして不可視生物を探す。
「あ、カデンキラー。」
私は何気なくそう呟いた。
「カデンキラー!?」
喰いついたのは汀支部長。私は嬉しくなった。支部長と生物について語れる機会はそうそう訪れない。
「支部長も見ますか?かなり大きい群れですよ。」
「群れ!?カデンキラー群れ!?」
「支部長ってカデンキラーに興味があるんですね。どんなところが———」
「特殊個体!!あれ特殊個体!!」
特殊個体。カデンキラーにはそう呼ばれる個体が発生することがある。発生確率は僅か0.000001%程。人生でお目にかかれることは普通はない生き物だ。
「ちょッ捕まえる!!降ろして!!」
支部長は暴れる。佐ノ木さんはかなり迷惑そうだ。
「今ドラゴンの羽をどうやったら再現できるか考えているんだが。邪魔をしないでくれないか。」
「うるさい!!」
そう言い放つと支部長は車の窓を開けた。しかし、これはとても危険な行為だ。カデンキラーは家電の寿命を捕食する生物。ポットの寿命を食べられてしまえば耐熱容器への湯の供給が出来なくなる。耐熱容器には湯が冷めにくい加工が施されているが、万が一のことが無いとは言い切れない。
銀嶺研究員はその様子を黙って見てはいなかった。
「おい汀、やめろ。」
「はあ!?」
「お前は支部長だ。相応しい行動をとれ。」
その言葉を聞いた瞬間、支部長の動きが止まる。そして数秒後、支部長が車の窓を閉めた。諦めたと思った私は支部長に話しかける。
「支部長、分かってくれたんですね………!」
「私、次止まったら降りる。」
「え?」
「生物見てるのは銀嶺だけだから。それに複数人でやる仕事でもないし。」
確かに銀嶺研究員はこの手のことは得意だ。一人でも十分な仕事はできる。
「ええと。その、銀嶺さん、どうしましょうか。」
「放っておけ。もし次研究室に顔を出したら顔面を打ち抜くだけだ。それに桑本、お前は優秀だ。例え私に何があったとしてもお前ならやり遂げられる。」
そして、車が止まり、支部長が降りた。
その後、私たちは▇▇▇▇▇研究室支部に万全な状態のトゲナシムラサキオンセンムシを届けることができた。
しかし、そこに支部長の姿は無かった。
正直、私は支部長の行動は間違っていなかったと思う。カデンキラーの特殊個体は、非常に貴重なうえに、今回支部長が同乗したのは「二人でも十分だが、一応」という理由だった。支部長のみが降りる判断を銀嶺研究員が激昂する前にしていれば、このような結果にはならなかっただろう。
そもそも、支部長の機嫌が悪かったのは私が二時間遅刻した上に、車内で聞いていた音楽の音が漏れていたからだ。ほかの人にとっても迷惑だったため、後で佐ノ木さんに注意を受けてしまった。
銀嶺研究員も今回は比較的落ち着いた判断を下したが、討伐や捕獲のことになると、熱が入りすぎてかなり無茶をしてしまうところがある。実際、つい最近の討伐作戦では、私が死にかけ、銀嶺研究員は両足を骨折し入院したのだが、後に支部長の許可を得ていない討伐だったと判明した。そのことを踏まえると、支部長が今回銀嶺研究員に耳を貸さなかったのも理解はできる。
しかし、今そんなことを考えても後の祭りだ。
事件後、支部長は銅研究員の犬を撫でまくり、銅研究員を味方につけた。そのことにより、寧日研究室支部は真っ二つに分裂。支部長率いる無気配派と銀嶺研究員率いる異次元派に分かれる事態となった。
今現在、私は寧日研究室支部で作業をしているが、支部長は相手側の悪口をノート一面に書き殴り、銀嶺研究員は机の上で包丁を研いでいる。そして、銅研究員は犬の散歩中だ。
私はただ、寧日が恋しい。
桑本 夕間
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