日課となった報告確認。不可視生物の実験報告や、発見報告、単なる日常の報告など、研究員から届く報告はそれはそれは多岐にわたる。ある種楽しみでもあるこの行事は、近頃になって同じような報告が上がってきた。
「デジタル空間において未知の刀型不可視生物が出現」
「不可解なアカウントBANを確認」
「現実空間においても確認」
…………機密情報の漏洩。少なくとも、現段階において支部内では多発している。しかし向こうはガラナキのことを知らないわけで、それつまり知らないものを報告しているだけ。無罪となる。無意識無差別的機密漏洩。それが、私を悩ませていた。
「…………ふぅ……」
缶を開け、一口。瞬間体を内から壊してくるような極端な甘味が舌を這って、眠気を覚ましてくれる。夜の長期化を目前にしてこれなしではやってられない。
そもそも、ヨウトウガラナキを機密指定にしたのは、不安によるものがあった。例外はあれど、切るか切られるかという結果のみを残すあの生物が誰の目にも触れられる形で放置すれば、やがて悪辣な輩が襲撃して来るかもしれないと思ったから。あれらを目的とした強盗、そして終等級の発生に繋がりかねないと思ったから。
「………………長」
しかしこれまた別の不安が現れてしまった。デジタル空間に現れた、はたまたこちらでも普通に見つけた。確率的には低い筈。なのに何故こんなにも報告が上がる?
「…………部長」
いやまぁデジタル空間はあの配信のせい、普通に見つけるのもゼロパーセントでもないため非常に珍しい偶然で片付けられる。片付けられるのだが、どうも脳内には判然としないわかだまりがあって。自分自身という存在とは長い付き合いだから分かりはする。その招待が不安であると。
「支部長!」
ひとしきり大きな声が聞こえてきた。目の前には大量の書類を抱えた副支部長が、少し目を尖らせてこちらを見つめていた。光を受け透けて見える内容からして、大体実験記録とか星の光辺りが発見した事実だろうか。
「あぁ、副支部長。どうした? 仕事か?」
「はい。少々目を通して頂きたい書類がありまして」
「……そのうち根拠記載が無いカフールとムグラロキのやつだけ抜いといて。あぁいつも通り、この二種に関する実験記録とかみたいな真面目なやつだったら抜かなくて結構」
「かしこまりました」
そう言うと、副支部長は一枚、二枚と少しずつその束から紙を抜いていく。一瞬見えただけになるが、大抵は意見文であったり申し立て文であったりと……まぁいつも通りのものばかりだ。まぁあの二種は私怨とか願望とか、そこらを集めやすいからしょうがなくはあるが。
もう一口飲みながら、目の前の業務を進める。報告書の纏め上げというのは中々大変なもので、時折入る私情の排除や実験データの確認、後楽しむことも忘れちゃいかない。そんな大切な業務。
ガラナキ、どうすっかなぁ。
「支部長、こちらの格上げ申請は…………」
「あぁ、そこ置いといて」
「……置けないのですが」
指示したそこを見てみると、そこは倒れた缶から溢れ落ちたエナドリの池になっていて、とても紙資料など置けそうになかった。
「大丈夫ですか?」
「……深刻っぽいね、私」
「何かあったのですか?」
「…………問一、機密が滅茶苦茶発見されているときの支部長の気持ちを答えよ」
「あぁ……成る程」
どうやらあちらにも心当たりはあるようで、私から一瞬目を逸らして、まだエナドリに侵食されていない箇所にその資料を置いた。仕切り直しとでも言うのか、そのまま副支部長は、支部長室備え付けのコーヒーマシンでコーヒーを淹れ始めた。
「確か念のためでしたっけ。あの生物関連記事の機密指定」
「まぁな。あいつの存在流出は中々世界の脅威になり得るだろうと思ってね」
今でも、あの生物の発見は呼び起こされる。崩れた送電塔、燃える民家の匂い、猛る野次馬、怒号、そして泣く子供の声。まさに地獄絵図。たった一振、たった一度の素振りが、平和な住宅街を地獄へと叩きつけたのだ。もしあれが無垢ではないヒトの手に渡っていたら、もし我々の根幹を切ろうと企てを行うような輩がその生物を知っていたら、もしそいつらの手に渡っていたら。恐ろしくて寝れやしない。
「心配する気持ちは分かりますが……他支部へ貸し出しも行っておいて今更じゃないですか」
「あれは仕方ないじゃん! 危機だったし!」
「まぁ、その意見には私も同意ですが……"彼"のこともありますし」
「あぁ……」
その言葉は、私の視線を机上の書類街の角へと連れていった。文字通り山のように積み重なった書類の中に、一際丁寧に扱われている書類がある。そして、私が丁寧に扱う資料は大抵の場合は履歴書、ついで扱われるのは…………
「……様子はどんな感じだった?」
「あの子も楽しみにしています。今朝も学園至急の教科書を読んでいましたし。早めの提出が良いかと」
「…………そうだなぁ……」
…………成る程。成る程なぁ。
「…………………………一部、解除するかぁ…………一応飼育チャンバーの警備体制の見直し、どっかの怪盗にも盗まれないようするの任せても良い?」
「かしこまりました」
副支部長はそう言い残し、部屋から出ていった。
極甘味を一口。炭酸が口の中で何度も弾けて、脳に安寧が届く。
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