従う者。従わせる者。

それの姿を見た者は、未だいない。

Chapter1

「それって、実在するとは思えないんですよね」 

目の前のPCに何かを入力しながら、インタビュアーをちらりとも見ずに、女はそう言った。それの概要をインタビュアーから聞かされての返答である。

「それの管理方法をどうやって確立したのか、だれがそれのレポートを執筆したのか、それはいったい何者なのか」 

少しずつ早口になりながら、眼鏡の位置を直しつつ女は続ける。

「噂じゃ、資料室の大掃除をした時にレポートが発掘されたらしいですが。そんなことあります? ぞんざいに扱いすぎでしょう。それはいいとしても、レポートが発見されるまで誰もあの管理ケースを疑問に思っていなかったんですか? ……まあ、それは私もですが。ともかく、それの実在を示す証拠が何処にもないなら、疑わざるを得ないでしょう。」 

少し言い訳がましく聞こえるのは、彼女自身、博士の称号を持つものでありながら、身も蓋もない結論を下そうとしていることを自覚しているからだろう。

「管理方法に記載がある『排泄物』についても、処理層のような物がこの施設に取り付けられている、なんて話は聞いたことがありませんし。……なによりも、実在が疑わしくなる理由は」 

ここで初めて、女はインタビュアーの方に顔を向けた。

「誰も、それの姿を見たことがないんでしょう?」

Chapter2

「なるほどな。確かにあの女ならそう言うだろうよ」 

男はこのインタビュー……というより、先ほどの博士へのインタビューの話に興味津々らしい。博士の話題になると、この男は食い付きがよくなる。

「個人的には、それは実在すると思ってる。理由は俺がこないだ隊員を食わせてみたから……ってのは冗談で」 

お世辞にもユーモアのセンスが良いとは言えない、という前橋調査員の発言を補強するには十分なサンプルだ。この男が率いる「探査部隊」の空気感がときどき微妙になる原因でもある。

「人間がゴキブリを嫌う理由でさ、有名な都市伝説があンだろ? 大昔のゴキブリが人間の祖先の哺乳類を捕食してて、その恐怖がDNAに刻まれてるからってやつ。専門家じゃないから詳しくは知らんが、この話は無理があんだってな。でもな……」 

勿体ぶって、衝撃の事実でも告げるような口振りで、

「人間が感じるそれへの強迫観念は、まさしくこれなんじゃないか?大昔、それの姿をみたから何か恐ろしいことが起きて、あるいはそれ自体が恐ろしい存在で。その恐怖がDNAに刻まれてる。逆説的に、それは実在する。どうだ? 正解だろ?」 

正解かは誰にも分からないが、インタビュアー的にはそれっぽいと思わせられるような意見を男は述べた。これにはインタビュアーも曖昧に返事する他ない。

「そもそも、このインタビューって意味あるのか? それについて誰がどう思ってるなんて、知ったところで、だろ? なんせ……」 

この後も仕事があるらしく、椅子から立ち上がりながら男は言った。

「それの姿を見た奴は、誰もいねェんだからさ」

Chapter3

支部長室内

「何の用かと思ったら、それの話か。少し長くなるが……いいか?」

「構いません。それについて、教えていただけますか?」

「結論から言おうか。ワタシもそれの正体は知らない。ワタシ自身、異常な生き物のせいで異常な性質を持っちまったけれど……」
「……別の異常と真向勝負が出来るわけじゃない、ってことだ。それが人間に与える強迫観念からはワタシも逃れられない。精神干渉耐性がある坂東君でも見ちゃいけないって言うんだから、精神に影響しているわけじゃないんだろう。大洗隊長が言ってたらしい説も、強ち間違いじゃないかもな? あぁそうだ。坂東君で思い出したんだが……」

「その話、私の質問と関係ありますか?」

「悪い、関係なかった。でも折角だ、聞いていきなよ。ワタシは用事ができたから、歩きながら話そう。大丈夫。君にとって無駄な時間にはならない。丁度コーヒーも飲み終わったしな」

通路

「あれは3日前のことだった……。ファウスノミティアの実験に呼ばれてね。実のところ、もう勘弁してほしいんだが、自分に精神干渉耐性があるか確認したい奴は山ほどいるらしい。高確率で身体のどこかしらに傷をつけられるワタシの身にもなって欲しいもんだ」
「んでまぁ、運が悪かった。よりによって明確に生贄の命を奪う儀式をチョイスするとは……。おかげで、ペンチを見ると鼻の頭がゾワゾワするようになっちゃった。つまり何が言いたい、って? 今のワタシは生後3日ってことだぞ。赤ちゃんにそんな怖い顔するなよ。無駄な時間では無いから。絶対」

「すみません。どこに向かってるんですか?」

「……君は、本当に珍しいタイプだよ。ほとんどの人間は、それについて知ろうとしない。興味が無いんだ。でも君は違う。君ならきっと、それから目を背けることもしないだろう」

「どういう……ことですか?」

「なぜワタシがエフェクトランスリカを未分類にしたか、分かるか? 結局のところ、それのお世話係が欲しかったんだ。未分類不可視生物研究チームという名の。もともと分類も番号もそれには振られていなかったから、最初にエフェクトランスリカを未分類にして、次にそれを未分類にして、新たな研究チームを設けた。未分類の不可視生物を2種も管理する必要があるからって理由で」

「私に、何をさせるつもりなんです?」

「……牛の首という怪談を知っているか? まぁ怪談というより、矛盾をネタにした笑い話なんだが。……『シノク』という名前は実に良く出来てる。ただ少し、ニュアンスが違うとも思うがね、シノクと牛の首は。牛の首のテーマは矛盾であって謎じゃない。でもな、シノクにはもう一つ、由来があると思ってる」
「エノク。従う者という意味だ。もっとも、従わされているのがどちらなのかは、ワタシには分からんがね。君はエノクではない。従うということは、自ら進んで何かをすることの反対だ」

「……なら、私は自ら進んで、真実を見ようとしているんですね」

「あぁ。そこに真実なんてものがあるのかは知らんがね。そうだ、一つ頼んでも良いかな」
「向こうの様子、可能な限り記録して、出来たら教えてほしい。頼んだよ、桐生君」

 

迂闊に近づかない方がいいでしょう。桐生研究員の行方は未だ不明です。

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