「えぇ、では、お願いしますね」
そう言い、突如として現れた男は消えた。コーヒー──私は飲めないため副支部長が飲んだもの──の香りが残る支部長室、支部員であれば誰でも入れるとはいえ、それは明らかに侵入であった。
男は語っていた。もし一時間以内に弊支部 で飼育している生物を解放しなければ爆破すると。成る程、つまりは脅しというわけだ。察するに環境保全屋さんとか自然過激派とか、そう言ったところだろうか。どっかの支部がそういう団体を報告したとの噂は耳にしているが、見覚えのないロゴを左胸の辺りに縫い付けていた。
「なぁ████副支部長、今の見たか?」
「ええ、認識が正しければですが」
奴は言っていた。弊支部で飼育されている生物を、と。それは未確定な事柄を語るような声色ではなかった。明らかに異次元かなんかで情報を入手し、そして指向性を有した移動ができているということだ。
「放送用マイクある?」
「ええこちらに」
副支部長が私の欲したものを目の前に置く。大統領なんかが使うようなスピーチ用のマイク、コードは部屋の隅に置かれた放送設備と繋がれており、自動で調節がなされている。まさに、今私がここで声を出せば、弊支部全体へと私の声が届くだろう。
「全研究員に告ぐ。一時研究停止せよ」
あの瞬間的な出現および消滅。穴の存在等は確認できなかったが、放電は確認した。単なる瞬間移動であればまぁ分からないことはない。多分。しかしだ、もしあれが異次元を介しており、それを自らの意思で行っているとするならば、
「恒星間天体が現れた」
研究あるのみ。
途端、支部長室の扉が震える程の激しい足音が聞こえてくる。迷いあり、即決ありの足跡の数々。左から右へと音が流れていく音が多いのは、研究室棟と道具倉庫の一関係からだろう。
爆弾なんてものは脅しにもならない。うちを舐めてもらっては困る。「天体開発」1謹製の素材を用いた壁は熱冷揺黴虫と様々な事柄を遠ざけ、勿論爆発もある程度耐える。流石に一ヵ所に五個六個もありゃ大変だが、まぁ流石にそこまでやらんだろう。飼育棟を兼ねている研究棟に限り加えて、飼育個体及び実験器具の完全密閉空間への自動強制避難が可能。どこを爆発されたとて、最高でも飼育個体を一種失うだけだ…………まぁ、あの様子じゃあそこにも行かれるかもしれないが。そもそもあれの耐久を知らんからなんとも言えないが。
「さ、行こうか████副支部長。特別地下チャンバーは私達以外入れない」
「かしこまりました、支部長。武器持っておきましょうか?」
「あぁお願い。テーザー2ね」
「いつも通りですね」
凡そ十分後には研究施設全域に職員が散らばり、死角はほぼなくなるだろう。「天文隊」2や「星争」3が指揮を執ってくれるおかげで、こういう総力戦において私の必要労働は少なくなって助かるばかりだ。
研究室三十二番、空室に役割が与えられた。食堂にのこのこと現れた対象は、その場にいた凡そ三十名の研究員により即座に取り囲まれ、あえなく確保された。もうそれは一瞬のことで、時間が来た瞬間、捕獲報告が私の耳を貫いた。
とても信じられなかった。勿論、皆の能力を不信している、というわけでは当然ない。次元間移動阻害物質もなしに、完全に異次元生物を捕獲できた、という点に疑問が生じた。しかし、その疑問はすぐに解決した。
「……機械かよ…………」
掌に収まる程度の装置。棒状になっており、その両端にボタンがあり、片方は起爆装置──尋問の末、爆弾の位置を特定、無力化済──、そしてもう片方は次元間移動装置起動用のもの。とてもよい鹵獲物だった。破損済であることを除けば。
「…………取り敢えず、監視付きで採用。天体開発所属で」
……こうして、十三日振りのスカウトを以て日常が回帰する。
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